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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5107号 判決 1960年10月17日

判決

東京都中央区日本橋通三丁目六番地 丸十ビル二階

株式会社三栄商事破産管財人

原告

佐々野虎一

同区八重洲二丁目一番地

被告

株式会社日本相互銀行

右代表者代表取締役

高木武

右訴訟代理人弁護士

佐藤博

平井二郎

右当事者間の昭和三三年(ワ)第五、一〇七号株金引渡請求事件について

当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し金二五万円及びこれに対する昭和三三年七月四日から完済するまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  原告は、

「被告は原告に対し金二五万円及びこれに対する昭和二八年一一月二一日から完済するまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決及び仮執行の宣言を求めた。

第二  原告は請求原因として次のとおり述べた。

一、株式会社三栄商事(以下三栄商事と略称する。)は昭和二八年一一月一八日設立された資本金五〇万円の株式会社であるが、昭和三三年三月一七日東京地方裁判所において破産宣告(東京地方裁判所昭和三二年(フ)第二三四号事件)を受け、原告はその破産管財人に選任された。

二、三栄商事の設立にあたり、被告はその株金払込の取扱銀行として昭和二八年一一月一八日株金五〇万円の払込金保管証明書を発起人代表訴外高井松太郎に交付した。

三、しかし、被告は右の払込を証明した五〇万円のうち二五万円について、その払込を受けず又三栄商事へその支払もしていない。すなわち、右二五万円は、訴外有限会社末高商店(以下末高商店と略称する。同会社は三栄商事の発起人であり、代表取締役であつた訴外高井松太郎の妻である訴外高井すえが取締役である。)が、昭和二八年一一月一七日被告から約束手形でこれを借り受け、現金を授受することなく直ちに別段預金として三栄商事の払込金に振り替え、更に三栄商事設立の直後である同月二〇日三栄商事の当座預金勘定に振り替えられた上即日三栄商事振出の小切手によつて被告に返済されたこととされているが、右二五万円の貸付、払込、当座預金勘定口座への振替、返済等の一連の行為は、単に株金払込の形式を整えるための仮装行為にすぎず、これによつて真実適法に三栄商事の株金が払込まれ、三栄商事設立後右払込金が三栄商事に支払われたことにはならない。そして被告はその間の情を知りながら本件保管証明書を発行したものである。

四、以上のとおり被告は右株金二五万円の払込を受けていないのに払込金保管証明をしているから、三栄商事に対し右二五万円の支払義務がある。

ところで、払込保管金の支払時期については被告と三栄商事との間に設立登記完了の証明書を提出して支払を請求したときとの定めがあり、三栄商事は昭和二八年一一月二〇日登記簿謄本を提出して支払を請求した。右の定めがないとしても、払込保管金の支払は期限の定めのないものであるから、上述のとおり三栄商事が請求したときに被告は遅滞の責に任ずる。

被告の株金払込保管金の支払義務は商行為に基くものである。

よつて、原告は被告に対し二五万円及びこれに対する支払請求の日である昭和二八年一一月二〇日から完済するまで商法に規定する年六分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

第三  立証(省略)

第四  被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、請求原因事実の一及び二は認める。

二、請求原因事実の三のうち、末高商店の取締役が三栄商事の発起人高井松太郎の妻である高井すえであること、被告が昭和二八年一一月一七日末高商店に二五万円を貸し付けたこと、同月二〇日払込保管金が三栄商事の当座預金勘定に振替えられたこと、及び同日右貸付金が三栄商事振出の小切手にて返済されたことは認めるが、三栄商事に対する株金二五万円の払込がなかつたことは否認する。末高商店への貸付は真実なされたものであつて、三栄商事の株金払込の仮装のためになされたものではない。三栄商事の株金五〇万円の払込は昭和二八年一一月一七日に二五万円、翌一八日に二五万円払込取扱銀行である被告になされている。

三、請求原因事実四のうち、原告主張の二五万円の支払義務あること及び被告と三栄商事の間に原告主張の支払時期の定めがあつたことは否認する。被告は三栄商事の設立後である昭和二八年一一月二〇日三栄商事の請求によつて保管中の払込株金五〇万円を三栄商事の当座預金に振替え、これによつて被告は保管中の払込株金引渡の義務を履行した。なお、同日三栄商事は被告を支払人とする二五万円の小切手を振出し、被告はその支払をしているがこのように小切手が呈示された以上、被告が預金の存する限り、その支払をすることは当然であつて、このことは何等原告の主張する仮装行為の事実を裹書するものではありえない。

第五、立証(省略)

理由

一、次の事実は当事者間に争がない。

(1)  三栄商事は昭和二八年一一月一八日資本金五〇万円で設立されたが、昭和三三年三月一七日東京地方裁判所において破産宣告を受け(同裁判所昭和三二年(フ)第二三四号事件)、原告がその破産管財人に選任された。

(2)  被告は三栄商事の払込取扱銀行となり、昭和二八年一一月一八日発起人代表訴外高井松太郎に対し株金五〇万円の払込金保管証明書を交付した。

(3)  被告は同月二〇日三栄商事の請求により、右払込保管金五〇万円を同会社の当座預金勘定に振り替えた。(株金の払込が真実にされているかどうかは争がある。)

(4)  これより先、被告は同月一七日訴外高井松太郎の妻すえが取締役である末高商店に対し二五万円を貸し付け、右(3)によつて振り替えられた後右振替日と同日付の三栄商事振出にかかる小切手によつてその返済を受けた。(貸付、返済が仮装行為であるかどうかは争がある。)

二、よつて、被告が払込金保管の証明をした三栄商事株金五〇万円のうち二五万円の払込及び支払は原告主張のとおり株式払込及び株式払込金の支払を仮装するものであるかどうかの点について判断する。

(1)  まず、被告が、本件株金が真実払い込まれたことの立証として提出した被告相互銀行の伝票帳簿及び小切手(中略)によれば次のことが認められる。

(イ)  末高商店は昭和二八年一一月一七日被告より支払期日同月一九日、利息日歩三銭二厘の条件にて二五万円の手形貸付(取引番号二四三)を受けたことが手形貸付元帳(乙第二〇号証)に記載されている。

(ロ)  右貸付金(取引番号二四三)は全額貸付の日に別段預金に振替支払された旨の伝票(乙第一号証)及び右貸付金の利息二四〇円(貸付期間三日間の日歩三銭二厘の割合による金額)を収入する旨の貸付日と同日付の収入伝票(乙第二号証)が作成されている。

(ハ)  右振替支払伝票(乙第一号証)と対応する振替収入伝票(乙三号証)が同日付で作成され、末高商店の手形貸付金二五万円は一時預りの別段預金に振替えられた旨記載されている。

(ニ)  昭和二八年一一月一八日三栄商事の株式会社払込口の別段預金に当座預金から二五万円を振替えた旨の伝票(乙第四号証)が作成されている。

(ホ)  株式払込口元帳(乙第二四号証)の記載によれば右(ハ)の振替収入伝票(乙第三号証)と同日付の昭和二八年一一月一七日に二五万円、右(ニ)の振替収入伝票と同日付の同月一八日に二五万円がいずれも末高商店の株式払込金として入金記帳されている。そうしてこの元帳に同月二〇日右払込金合計五〇万円が支払われた旨記載されている。

(ヘ)  右株式払込口元帳(乙第二四号証)の記載による末高商店の株式払込金五〇万円が支払われた昭和二八年一一月二〇日と同日付にて高井松太郎名義で五〇万円が株式払込口の別段預金から当座預金に振り替えられた旨の支払伝票(乙第五号証)が作成されている。

(ト)  右一一月二〇日別段預金から三栄商事の当座勘定に五〇万円が振替入金されている旨の当座勘定入金票(乙第六号証)が作成されている。

(チ)  当座勘定元帳(乙第一九号証)には三栄商事が右一一月二〇日初めて五〇万円を振替により入金して取引を開始し、その小切手番号は一、七五一号から一七七五号までであつて、入金と同日最初の番号である一、七五一号の小切手により五〇万円のうち二五万円が支払われた旨記載され、なおこの支払金は社入と記載されている。

(リ)  右一、七五一号の小切手(乙第一〇号証)によると、この小切手は三栄商事代表取締役高井松太郎が被告相互銀行蒲田支店に宛て額面二五万円振出日右一一月二〇日付で振出し、同日右支店で支払済になつている。

(ヌ)  右一一月二〇日末高商店に対する手形貸付金(取引番号二四三号)二五万円の収入伝票(乙第七号証)が作成され、前記手形貸付元帳(乙第二〇号証)に同日更に一日分の利息八〇円と共に元金返済の旨記入されている。

(ル)  なお、高井松太郎は昭和二八年一一月一二日付で額面二五万円の小切手(乙第九号証)を被告相互銀行蒲田支店宛に振出し、同小切手面に別段預金に振り替える旨の印が押されている。

(2)  右の認定事実に証人(中略)の各証言を綜合すると、被告相互銀行における三栄商事の株式払込金五〇万円の受入及び払出の帳簿、伝票上の経路は次のとおりであることが認められる。

すなわち、末高商店は昭和二八年一一月一七日被告より二五万円の手形貸付を受け、この貸付金は同日直ちに別段預金に振替支払われ、三栄商事の株式払込金(但し株式払込口元帳には末高商店名義で記帳されている。)に当てられ、残り二五万円の払込金は同月一八日発起人高井松太郎振出の小切手(乙第九号証)により当座預金から別段預金に振り替えられて、三栄商事の払込金(前同様株式払込口元帳には末高商店名義で記帳されている。)に当てられ、以上五〇万円は同月二〇日三栄商事の当座預金に振り替えられ、被告保管の払込金は設立会社三栄商事に支払つたことになつていること及び右保管金支払の日である一一月二〇日被告は三栄商事振出の小切手(被告との当座契約による最初の振出小切手である。)によつて前記末高商店に対する貸付金の返済を受けていることが認められる。

(8) 従つて本件の争点は右(2)で認定した被告の帳簿、伝票上の株式払込金の入金及び出金の経路のとおり払込及び支払は真実なされたか又は仮装にすぎないかにあるから、この点を順次検討していく。

(イ)  まず、被告の帳簿、伝票上の記載に不自然な点がある。右(1)と(2)の各認定事実を対比すれば次のとおりになる。

右に図示したところは被告の帳簿伝票に記載されたところであるが、これを右(2)の認定事実と対比すれば、乙第三号証の別段預金の振替入金伝票は末高商店名義であるのに対し、乙第四号証の別段預金への振替入金伝票は三栄商事名義になつており、更に右両伝票に基き振替入金された乙第二四号証の株式払込口元帳は貸付先である末高商店名義になつていて、設立会社三栄商事の名義になつていない。右元帳の一一月二〇日の払込金支払に対応する乙第五号証の別段預金から当座預金への振替支払伝票は高井松太郎名義であつて、右元帳の末高商店名義でもなく、設立会社三栄商事名義でもない。そうして乙第六号証の当座勘定入金票は、設立会社三栄商事名義になつている。本件のように末高商店、三栄商事、高井松太郎の三名義により伝票、帳簿に振替がなされていることについて、証人小宮静雄は乙第二四号証の株式払込口元帳の末高商店は誤記である旨陳述し、証人須見操は右元帳の記載は係員の不馴から起り、乙第五号証の振替支払伝票の記載については高井、三栄商事、末高商店が一族であつて係員も錯覚し同一に考えた結果である旨陳述しているが、単なる係員の過失によるものとは考えられない。まず、振替は他人の口座からなされないことは証人須見操が証言するところであり、次に、伝票、帳簿の記載はその記載面によつて転記されるのが簿記の原則であり、特に被告のような相互銀行では一日多数の取引が敏速、正確に記帳されなければその業務の運営に支障を来たすから、ますます右原則が維持されなければならないばかりでなく、この原則によることこそ係員に敏速正確な記帳をさせるに容易な途である。従つて本件のように末高商店に対する貸付金を直ちに振替伝票によつて他人口座である三栄商事の払込金に入金し、又前記三名義を混同使用することは、かえつて係員に負担をかけるものであつて不馴、錯覚等による誤記に基くものとは認められず、被告蒲田支店の担当係員間に一定の作為意識があつたものと認めるのが相当である。この点は、払込を仮装であると認定する一資料となり得る。

(ロ)  三栄商事の株式払込金五〇万円は被告の帳簿上訴外高井松太郎振出の小切手(乙第九号証)の二五万円及び末高商店に対する貸付金二五万円によつてなされたことになつていることは既に認定したところである。右小切手により払い込まれた二五万円が仮装であるかどうかは本訴の問題外であることは口頭弁論の全趣旨に照し明らかである。従つて残りの二五万円の払込が仮装であるかどうかが問題になる。この二五万円は被告の帳簿上末高商店に対する貸付金によるものである。この点に関し証人高井雄介の株式払込金五〇万円は株主八名から調達したとの陳述は、同証人の証言の他の部分及び証人高井松太郎の証言に照し信用できない。証人高井松太郎の証言及び既に認定した被告の帳簿、伝票上の記載によれば、右二五万円は被告の末高商店に対する貸付金によつて払い込まれたことになつていることが認められる。従つてこの貸付金が株式の払込及び株式払込金の支払を仮装するものであるかどうかの検討にまたなければならない。

前記(証拠省略)によれば、この貸付金は昭和二八年一一月一七日単名手形で貸付けられ、その約定は支払期日同月一九日、日歩三銭二厘であつて、貸付の日に右一九日までの利息二四〇円が支払われ、支払期日の翌日二〇日に更に一日の利息八〇円(日歩三銭二厘)を加えて元本が支払われていることになつていることが認められる。この貸付が株式の払込又は株式払込金の支払を仮装するものであるかどうかについては次の諸点を考慮しなければならない。

(a) この貸付の期間は僅か三日であつて、更に一日延期され、三栄商事の設立と同じ日に返済されていることは既に認定したところであるが、末高商店に対するこのような短期間の貸付は前記乙第二〇号証(手形貸付元帳)によると他に一件あるだけで例が少ない。

(b) 右貸付金は現金で支払われることなく、直ちに別段預金に振替えられ、三栄商事の払込金に入金したとされているが、株式払込口元帳(乙第二四号証)には三栄商事でなく貸付先の末高商店名義で払込金が記帳されていることは既に認定したところである。

(c) 貸付金の返済は三栄商事振出の小切手(乙第一〇号証)でなされたことになつているが、この小切手は三栄商事の設立の日である一一月二〇日に振り出されたものであり、又三栄商事の被告との当座預金契約にもとずく最初の番号の小切手であつて、右設立の日に支払われ社入になつていることは既に認定したところである。なお、この社入の点について証人高橋茂夫は、はつきりした記憶がないが二五万円については引出の予約がなされたのではないかと思うと陳述している。

(d) 末高商店がその借受金を三栄商事振出の小切手(乙第一〇号証)によつて返済したこと(すなわち末高商店がこの小切手を取得すること)について首肯するに足りる事由がない。この点について、証人高井雄介は、末高商店は三栄商事の設立によつて解散し、営業権、什器備品、在庫品等の資産を二五万円で三栄商事に譲渡しその代金として本件手形を受取りこれで被告からの借受金を支払つた旨陳述し、証人高井松太郎は本件小切手は三栄商事が末高商店から金属材料等を仕入れた代金を支払うため末高商店に渡した旨陳述し、証人秋元正光は、三栄商事は末高商店の営業を全部譲り受ける計画の下に設立され、三栄商事が設立してすぐ末高商店は解散し、末高商店の営業全部は三栄商事に譲渡し、譲渡価格は資産負債を薄価で計算したと思う旨陳述しているが、三栄商事が設立した日に直ちに資本金の半額を支出して営業の譲渡又は資産の譲渡を受け、本件小切手を末高商店に支払つたと認めるには、たとい、証人秋元正光の証言のとおり三栄商事が末高商店の営業を譲り受ける計画の下に設立されたものだとしても、他に特段の事情が認められない限り、前記三証人の陳述のみでは不十分である。更に前記乙第二〇号証及び被告の提出にかかる乙第二一号証の二ないし九によれば、三栄商事の設立以後被告が依然として昭和三〇年一月まで末高商店に対し手形貸付及び手形割引の取引を続けている旨の記載があり、この記載に徴するも前記三証人の陳述は直ちに信用できない。その他末高商店が本件手形を譲り受ける事由を認めるに足りる証拠はない。

(e) 証人須見操の証言によれば、末高商店は訴外高井松太郎が実際の経営者であり、昭和二八年の夏頃同人より被告蒲田支店の係員に有限会社末高商店を株式会社に組織替する旨話があつたこと、及び右支店の係員は右高井、三栄商事、末高商店を同一に考えていたことを認めることができる。

以上一及び二の(1)(2)で認定した事実に前記二の(3)で判断したところを綜合すれば、被告の蒲田支店の係員は、三栄商事の設立のためその株式払込を取り扱うに当り、払込金二五万円を末高商店に貸し付け、三栄商事の設立とともに三栄商事の預金から直ちに返済を受けることを約し、既に認定したとおり右貸付金を現金(又は小切手)で支払うことなく直ちに三栄商事の払込金に振り替え、三栄商事が設立された日にその当座預金に振り替えるとともに、同日三栄商事振出の小切手により貸付金の返済を受けたこと、従つて現金の授受はなく被告の帳簿上の手続が行なわれただけであることが認められる。(中略)右の認定を覆すに足りる証拠はない。

右のとおりの認定事実では、外見上末高商店の借受金によつて三栄商事の払込がなされているように考えられるが、被告が貸付に当つて設立会社の資金からその返済を受けることを約した以上、株式会社の設立には資本充実を欠くべからざるものとする商法の精神から見て払込は現実に現金をもつてなされることを要するから、本件では株式の払込があつたと認めることはできない。従つて又払込保管金の支払もないものといわなければならない。

なお(中略)貸付金に利息を収納したとしても、又(中略)貸付を担保する資産があつたとする証拠があつても、右の認定を左右することはできない。

三、以上判示したところによつて、被告は三栄商事の株金五〇万円の払込保管証明書を発行したが、うち二五万円についてその払込がなかつたこと及び払込金の支払がなかつたことが明らかであるから、被告は三栄商事の破産管財人である原告に二五万円を支払うべき義務がある。原告は右二五万円に対する遅延損害金として昭和二八年一一月二一日から右元金の完済まで商法所定の年六分の割合による金員の支払を求めるが、被告及び三栄商事の間に同月二〇日に株式払込保管金を支払う旨の約定があつたとの証拠はなく、又被告が昭和二八年一一月二〇日株式払込保管金を三栄商事の請求により、その当座預金勘定に振替えたが、これは払込のあつた二五万円を被告が三栄商事に支払つたのであつて、右請求の事実によつては商法第一八九条の規定による払込取扱銀行である被告の支払義務の履行を求める請求とは、認め難く、他に同日これを請求したと認めるに足りる証拠はない。然し本件訴状が昭和三三年七月三日被告に送達されていることは本件記録上明白であるから、原告は同日被告に対し本件二五万円の支払を請求したものと認め、翌四日から支払が遅滞したとするを相当とする。被告の本件債務を原告は商行為に因り生じたものと主張するが、成程被告が株式払込金を保管することはその営業に属し、払込保管金の支払債務は商行為に因り生じたものと解されるが、然し払込がないにかかわらず払込保管を証明した責任によりこれを支払う義務は商法第一八九条の規定による法定責任であつて商行為により生じたものでなく、又払込保管債務と同一性を有するもの(例えば損害賠償債務の如し)とも認められない。従つて本件遅延損害金は民法所定の年五分の利率によるべきである。

以上判示したところにより、原告の本訴請求は二五万円及びこれに対する昭和三三年七月四日から完済するまで年五分の割合による金員の支払を求める部分に限り理由があるから、これを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部茂吉

裁判官 上野宏

裁判官 中野辰二

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